歌舞伎町でホストだった3年間が、IT部長になった今も効いている話

18歳から21歳まで、私は歌舞伎町でホストをしていました。

今は中堅SES企業の部長で、年収は1,400万を超えています。人前で話す機会もありますし、顧客の役員と会食もします。

その全部の土台が、あの3年間にあります。技術でも学歴でもなく、歌舞伎町で覚えたことが、20年以上経った今も効いている。

人生観シリーズの第5弾は、あまり大きな声で言ってこなかったこの時期の話を書きます。

高校を出て、歌舞伎町へ

高卒で、やりたいことは特にありませんでした。

友人に誘われて歌舞伎町に足を踏み入れ、そのまま働き始めたというのが正直なところです。志があったわけでも、何かを目指していたわけでもない。

ただ、稼げるらしいという一点でした。18歳の判断基準なんて、そんなものです。

最初の数ヶ月は、まったく売れませんでした。指名は入らない、ヘルプで呼ばれても話が続かない。同期がどんどん結果を出していくのを横で見ていました。

売れない時期に気づいたこと

ホストの仕事は「話が上手い人」が勝つと思われがちですが、違いました。

売れている先輩を観察していて気づいたのは、話しているのではなく、聞いていたということです。

こちらが面白い話をする必要はない。相手が話したいことを話させて、それを覚えていて、次に会ったときに触れる。それだけで相手は「自分を見てくれている」と感じます。

私がやり始めたのは、お客さんが話したことをメモに残すことでした。仕事の愚痴、家族の話、好きな食べ物、次に行きたい場所。店が終わった後に書き出して、次の来店前に見返す。

売上が変わり始めたのは、そこからです。

No.1になった夜と、その中身

結果として、No.1になったこともあります。

ただ、自慢できるような立派な話ではありません。若かったし、生活は荒れていたし、稼いだお金はほとんど残っていません。この時期の延長で、後にギャンブルで借金300万円を作ることにもなります。その話は歌舞伎町の裏カジノで借金300万円|ギャンブル依存から抜け出せた本当のきっかけに書きました。

関連記事

歌舞伎町の裏カジノで、ポーカーと競馬ゲームに明け暮れていた時期があります。 借金は300万円。親にまで借金をしました。それでも当時の記憶を辿ると、不思議と精神的には落ち着いていた。今思えば、ただのアホでした。 IT部長・こざおで[…]

歌舞伎町の裏カジノで借金300万円|ギャンブル依存から抜け出せた本当のきっかけ

それでも、あの3年間で身についたものがあります。数字で結果を出す感覚と、人に好かれる技術です。

ホストは、完全な数字の世界です。今月いくら売り上げたか、指名が何本入ったか。言い訳が効きません。毎月、全員の順位が貼り出される。

この環境に3年いたことが、その後の会社員人生で効いてきます。

25歳、IT業界へ

21歳で店を辞めた後、パチンコ店、リフォーム営業を経て、25歳で未経験からIT業界に入りました。

PCもまともに触れない状態で、研修3日で現場に放り込まれました。周りは何を話しているのか半分も分からない。「Excelってなんですか」というレベルです。

技術では、どう考えても勝てませんでした。同期には情報系の学部を出た人間がいて、初日から差がついている。

だから私は、技術以外で価値を出すしかないと考えました。

歌舞伎町で覚えたことが、そのまま効いた

現場に入って気づいたのは、IT業界にはコミュニケーションが苦手な人が多いということでした。

技術力は高い。でも顧客と話すのは苦手。仕様の調整で揉めたときに、間に立てる人がいない。

そこが空いていました。

私がやったことは、ホスト時代とほとんど同じです。

相手の話を覚えておく

顧客の担当者が何気なく言ったこと。前回の打ち合わせで困っていたこと。部署の事情。

それを覚えていて、次に会ったときに触れる。「この前おっしゃっていた件、こういう方法もありますよ」と持っていく。

たったこれだけで、他社の営業やエンジニアと差がつきました。

嫌われないことを優先する

ホストの世界では、嫌われたら終わりです。指名が入らない。

会社でも同じでした。技術的に正しいことを言っても、言い方が悪ければ通らない。正論を通すより、相手が受け取れる形に変えて渡す方が、結果的に物事が進みます。

若い頃は「正しいことを言っているのになぜ通らないんだ」と思っていました。今は分かります。人は、内容ではなく誰が言ったかで判断しているからです。

数字から逃げない

これが一番大きいかもしれません。

ホスト時代、毎月の売上が全部だったので、数字で評価されることに抵抗がありませんでした。

会社員になると、数字の話を避ける人が意外と多い。「売上は営業の仕事」「自分は技術者だから」と線を引く。でも会社は営利企業なので、数字を作れる人が評価されます。

私は最初から、自分が入っている案件の単価や、部門の売上を意識していました。この感覚があったから、管理職への道が開けたのだと思っています。

それでも、ホスト時代を美化はしない

ここまで書くと「ホストの経験が役に立った」という話に聞こえますが、もう一度あの3年間を過ごしたいかと聞かれれば、答えはノーです。

生活は昼夜逆転していましたし、体を壊しかけました。お金の使い方も最悪でした。当時の友人には、今も連絡が取れなくなっている人がいます。

学歴がないこと、まともな職歴がないこと。これで苦労した場面は何度もあります。25歳で未経験入社したとき、経歴書を改ざんされて現場に送られたこともありました。

あの経験があってよかった、ではありません。あの経験しかなかったから、それを使うしかなかったというのが正確です。

だから伝えたいこと

この記事で言いたいのは、「今持っているものを使えないか」ということです。

私はIT業界に入るとき、技術的なスキルを何も持っていませんでした。持っていたのは、夜の仕事で覚えた人との接し方と、数字に追われた3年間の感覚だけです。

でもそれが、この業界では希少でした。

転職の相談を受けるとき、多くの人が「自分には何もない」と言います。でも話を聞くと、だいたい何かあります。接客業の経験、製造現場の改善活動、事務での業務フローの理解。

IT業界の人が持っていないものを持っているなら、それは武器です。技術は後から学べますが、人との関わり方や現場感覚は、短期間では身につきません。

この話は元ホスト・悪徳営業→IT部長になった話|他業種からIT転職で年収1,000万を達成したキャリア設計で、キャリア設計の観点から詳しく書いています。

関連記事

「元ホスト、悪徳リフォーム営業、パチンコ店スタッフ——そんな経歴からIT部長になれるの?」 なれます。というか、私がそうです。 パソコンをまともに触ったこともない状態でIT業界に飛び込み、38歳で最年少IT部長・年収1,000万[…]

元ホスト・悪徳営業→IT部長になった話|他業種からIT転職で年収1,000万を達成したキャリア設計

また、ここで書いた「人に好かれる技術」を仕事でどう使うかは、仕事に愛嬌(あいきょう)が必要な3つの理由とは?にまとめました。あの3年間で覚えたことを、会社員向けに言語化した記事です。

関連記事

あなたに質問があります。仕事において『愛嬌(あいきょう)』は必要だと思いますか?   結論から言うと”間違いなく”必要です。というか、人によって必要になるといった方が正解でしょうか。 出世したい 人より[…]

仕事に愛嬌(あいきょう)が必要な3つの理由とは?

20年経って思うこと

部長になった今、面接で候補者の経歴を見ます。

きれいな職歴の人もいれば、私のように回り道をしてきた人もいます。私は後者を、経歴だけで落としたことがありません。自分がそうだったからです。

見ているのは、その回り道で何を身につけたかを、自分の言葉で説明できるかです。

「フリーターをしていました」で終わる人と、「接客で、相手が本当に求めているものを聞き出す練習をしていました」と言える人では、まったく違って聞こえます。同じ経歴でも、です。

歌舞伎町の3年間は、履歴書に書けば1行です。でもその1行の中身を説明できるかどうかで、相手の受け取り方は変わります。

私がやってきたのは、結局それだけかもしれません。