31歳、大規模プロジェクトのリーダーとして20名を管理していた時期、私はうつ病で3ヶ月休職しました。
正直に告白します。あれが本当にうつ病だったのか、今でも微妙な気持ちがあります。精神科で診断はされました。でも、うつ病や適応障害の診断は、伝え方次第でどうにでもなる側面があることも知っています。
IT部長・こざおです。人生観シリーズ第4弾は、休職という経験と、そこから何を学んだかについて、きれいごと抜きで書きます。
限界を感じていたのは事実だった
診断名が本物だったかはさておき、限界を感じていたことは紛れもない事実でした。
SEになって5年以上が経過し、炎上現場での徹夜、休日出勤のストレス。そして何より、毎日満員電車に乗って9時に出社する「社畜」の生活そのものに限界を感じていました。実はこの生活から脱却したいという強い思いが、副業(ブログ)を始めたきっかけでもありました。
限界のサインは、体にはっきりと出ていました。閃輝暗点を伴う偏頭痛が発症し、通勤電車ではめまいに襲われ、駅に着いた瞬間に吐き気で帰宅したこともあります。診断名の是非とは別に、この身体反応は明らかに「もう限界だ」というサインでした。
副業が軌道に乗っていた、複雑なタイミング
ここが少し複雑なところです。休職に入った時期、実は副業のブログが成功していた時期でもありました。会社を辞める準備段階として、副業をさらにブーストしようと考えていた部分もあったのが正直なところです。
つまり私の休職は、単純な「限界による不可抗力」だけでなく、「会社を離れる決断への一つのステップ」という意味合いも混ざっていたということです。この記事を読んで、同じような状況にいる方もいるかもしれません。動機が単純でなくても、体のサインが出ているなら、それは正直に受け止めるべきだと思っています。
休職中、副業に打ち込んで焦っていた日々
休職中、私は療養に専念する、というよりは副業のブログに打ち込んでいました。
ただ、思ったような成果はなかなか出ず、焦りだけが増幅していったというのが実感です。休職して自由な時間があるはずなのに、心は全く休まっていませんでした。「この期間で結果を出さなければ」というプレッシャーが、むしろ会社員時代より強くのしかかっていたかもしれません。
この経験から言えるのは、「休職=何もせず休む」という単純な図式にはならないということです。人によっては、私のように「別の何かに焦って打ち込む」という形の休職もあります。それが良いか悪いかは別として、実際にそうだったという事実です。
転機:「生きるために仕事をしている」という一文
休職期間中、ある本を読んでいて、腹の底に落ちてきた一文がありました。
仕事をするために生きているのではない。生きるために仕事をしているのだ。
当たり前のことのようですが、当時の私には、これが逆転していました。「結果を出さなければ」「成功しなければ」という焦りが先に立ち、生きること自体が仕事の手段になってしまっていたのです。
この一文で、順番が正しく戻った感覚がありました。それが、私が「頑張らない」ことを覚えたきっかけです。頑張らないというのは、努力をやめるという意味ではなく、「仕事の成果が、生きる目的そのものになってはいけない」という優先順位の話です。
復帰の決め手:副業の「浮き沈みの激しさ」を直視したこと
復帰を決めた理由は、明確でした。副業を本業にするのは無理だと判断したからです。
理由は、副業収入の浮き沈みの激しさでした。ある月は好調でも、翌月には落ち込む。この不安定さの上に生活を築くことに、リスクを感じました。ブログで月収100万円を稼いで失った話で書いたとおり、この副業自体、後に大きな失敗を経験することになります。当時、まだそこまでの崩壊は見えていませんでしたが、「これ一本で生きていく」という決断をしなかったことは、結果的に正しい判断でした。
「ブログで月100万円稼いだことがあります」 こう書くと、成功者の武勇伝に見えるかもしれません。でも実際は、半年で消えた収益と、訴訟寸前まで行った失敗の話です。 IT部長・こざおです。30歳・長女が生まれたタイミングで始めた副業[…]
復帰後に変えたこと|技術ではなくマネジメントで結果を出す
復帰後、私は明確に働き方を変えました。「結果を出すこと」にフォーカスし、技術面ではなく、マネジメントと営業面を前面に出して、チームで結果を出すことに注力するようになったのです。
それまでは、技術者としての自分に固執していた部分がありました。でも休職を経て、「自分の得意な武器で戦えばいい」と割り切れるようになりました。この転換が、その後の急成長につながっています。復帰後3年でシニアSE、そこから4年で最年少部長という流れは、この割り切りがあったからこそだと思っています。
チームを動かして結果を出すという考え方は、正社員管理職ルートで年収1000万を目指すという、今の私のキャリア観の原点でもあります。
「SESで年収1000万は、フリーランスに転向しないと厳しい」 そう言われることがあります。正直、半分は事実です。でも、もう半分は違います。 IT部長・こざおです。私は正社員のまま、SESの管理職ルートで年収1,400万円に到達[…]
家族の支え|「文句を言わず、背中を押してくれた」
休職期間中、家族の存在は大きな支えでした。妻は、副業に焦って打ち込む私に対しても、全てに文句を言わず、背中を押してくれました。
正直、当時の私は「休職中なのに副業ばかりしている」という状態で、褒められたものではなかったと思います。それでも何も言わずに支えてくれたことが、今振り返ると本当にありがたいことでした。妻との関係については別の記事でも書いていますが、価値観の違いがありながらも、要所要所で支え合えているのは、この時期からの積み重ねなのかもしれません。
ある日、家に100万円のトイプードルがいました。 相談は一切なし。気づいたら家族の一員になっていました。 IT部長・こざおです。実家は絵に描いたような節約家庭。そんな私が結婚したのは、根っからの浪費家でした。この記事では、資産形[…]
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毎日『会社いきたくない』と考えているなら病気のサインかも知れません。 体、心が壊れると完全には治りません。一生付き合っていく必要があります。 私自身が過去にうつ病、休職を経験したからこそ実体験を語ることができ[…]
同じ状況にいる方へ
この記事を読んでいる方の中には、今まさに限界を感じている方もいるかもしれません。伝えたいことは2つです。
一つは、診断名や原因が単純でなくても、体のサイン(頭痛・めまい・吐き気など)が出ているなら、それは正直に受け止めてほしいということ。動機が複雑でも、体は嘘をつきません。
もう一つは、休職は終わりではなく、通過点になり得るということです。私は休職を経て、その後キャリアが大きく伸びました。焦って何かに打ち込む時期があっても、いずれ「仕事は生きるための手段だ」という順番に戻れる瞬間が来ます。今しんどい方に、そのことだけでも伝われば嬉しいです。
次のステップとして、以下の記事も参考にしてください。